あの日のコメディアン

地震後初めて東京の吉本興行のシアターを再開するというヤフーの記事に、「金儲け主義だ」というコメントがついていて思い出した911のこと。

あの、9月11日のテロの日私はひとりでNYにいた。
町で見かける人たちの顔は無表情になっているか、深刻な顔で話し込んでいる姿ばかりになった。
地下鉄で突然泣き出す人もいたと聞いた。

私の遠い親戚も、日本からの出張で9月11日ツインタワーにちょうど来ていたと後で知った。行方不明のままで、「私ができることなら何でも」と言ったけれど実際私にできることは何もなかった。ご両親は日本の警察と共にNYに来た。

911事件からそう日が経たないうちにNYに市長が「普通の日常に戻ろう」と呼びかけた。
誰かが言った。

「こうやって、我々が沈んで不安になって、経済が破綻していくことが、まさにテロリストの思惑なのだ。だから普通に生活してみせよう。」

レストランに行く事、ショッピングをすること、とにかく前まで普通にやっていたことをやろうという気運が高まった。ファッションのイベントも開かれた記憶がある。
地元の経済を救うために、お金を使うことはいいことなんだと何度もテレビのコメントを聞いた。
私はだから、友達と映画を観に行った。

映画館に着くまで、町のいたるところに「この人を見かけませんでしたか」の張り紙が写真とともにびっしり貼ってあった。バス停、建物の壁、とにかくあらゆる平面に。
異常な光景だった。

ちらしの中には結婚式の写真とか、卒業式の写真もあった。幸せそうな笑顔が、見ているのがつらくて胸が張り裂けそうだった。

映画館は驚くべきことに満員だった。そのとき何を観たのか全く覚えていない。
これほど大勢の人が集まるところに出るのはテロの後初めてで正直とても不安だった。
映画の中で爆発のシーンがあって、それを観ている観客を眺めてとてもシュールな光景だと感じたことは覚えている。

ほどなくして、テレビの夜のトークショーまでもが再開された。
コメディアンが司会で、芸能人がゲストでやってきて足を組んでソファーでトークする例のやつ。NYで観るこういう番組の多くは、NYのスタジオで収録されている。

コメディアンが一人で登場してきて、こう言った。

「こんな時に、僕は何て言ったらいいのか全く分かりません。」
そういって言葉をつまらせた。でも観客はとても暖かい拍手で彼を迎えた。

だけど、その後彼は笑いを取ったのだ。
おそらく放送作家さんたちが頭をつきあわせて考えに考え抜いたであろうネタだった。

私の記憶が正しければ、、それは「今やっちゃいけない10のこと」シリーズだったと思う。このシリーズは番組でよくやっていて、フリップでベスト10方式で見せるものだった。
この状況で今やっちゃいけないことベスト10ってよく思い切ったと思う。

そしてそれらはびっくりすることに、おもしろかった。私も思わず笑った。そしてアメリカのコメディの質の高さに感心した記憶がある。

自分の笑い声を聞くと元気がついてきた。

この日本の状況下のコメディアン、芸人という職業がどれだけ辛い立場にあるかと思う。
不謹慎文化のある日本で吉本興行があえて劇場を再開するのにも、どれだけの勇気が必要だっただろう。

東京の劇場を再開できるという喜びをどうか拍手で迎えてほしい。

そして日本中に元気玉を分けてほしいな。
笑いって本当にすばらしい。